2011年12月9日金曜日
2011年11月21日月曜日
田中 茂 個展
せんたあ画廊では「ノスタルジックなパリー田中 茂 個展」 が11月30日(水)まで開催しております。秋から冬のパリは絵のモチーフとしては最適な季節を迎えていた。
画家・田中 茂さんも昨年、この地を取材で訪れた。学生の頃からの憧れと慣れ親しみ、時には研鑽した街は今でも変わらぬ姿で迎えてくれた、それがパリ。
1. 「路地」 油彩 F6号
2. 「モンマルトルの路地」 油彩 P12号
3. 「モンマルトル」 油彩 P10号
4. 「パリの雑貨屋」 油彩 F10号
5. 「パリ裏路」 油彩 F4号
6. 「モンマルトル(塀)」 油彩 F4号
7. 「午後のモンパルナス」 油彩 F3号
8. 「パリ裏路」 油彩 f10号
2011年11月14日月曜日
志村敏子・三澤寛志 二人展
せんたあ画廊では志村敏子さんと三澤寛志さんの二人展が開催(11月18日まで)されております。共に人物を描いていますが共通しているのは寡作であるということ。
したがって個展を企画すると実現するには数年かかるということもあり、二人展でなんとか点数を揃え、展覧が可能となりました。どうぞご鑑賞下さいますように。
志村敏子 作品
1.「掌果」 油彩 F6号
2.「暉」 油彩 F10号
3.「晬(サイ) 油彩 F4号
4.「窓下」 油彩 F6号
5.「薫風」 油彩 P20号
三澤寛志 作品
1.「返事」 油彩 F12号
2.「あのときそこでなにをおもったか」 油彩 P15号
3.「太陽になりたい」 油彩 P60号」
4.「紫」 油彩 M40号
5.「WAT-5」 油彩 変形60号
6.「黒」 油彩 S25号
7.「パンダがいない」 油彩 M60号
2011年10月4日火曜日
五人百姓の会
久々に「五人百姓の会」が山梨県韮崎市の葡萄畑に囲まれた阿比留家に集合した。前日には福島から戸来夫妻と櫂君が当日は佐々木夫妻と阿比留夫人(小杉)の息子が急遽集結と相成った。
「五人百姓の会」のメンバーが一堂に集結するということは何かサプライズが当然あるわけでして、今回は「蕎麦会」の催しを実行することとなった。
小杉 力君は東京の西荻窪にある蕎麦の名店「鞍馬」で7年の間修行された経験があり、その経験を思う存分に奮ってもらおうと蕎麦会に急遽呼ばれたしだい。
最初のうちは感が戻るまで少しの戸惑いがあったようですが、流石、慣れてくると手際よく仕上げていく。
お店のような環境ではないので、やりずらそうであったが、それはそれで、慣れてくると順調のようであった。
蕎麦打ちの道具ののし棒、包丁などは小杉 力君の自前のもの。
というわけで見事な蕎麦の完成です、蕎麦粉は「鞍馬」から送っていただいた蕎麦粉を使用。そばつゆは修行先の「鞍馬」に近いそばつゆです。
10割蕎麦は何と言ってもモチモチ感があり、この時期にしては香りもしっかりと残っていて、満足出来る蕎麦でした。
あっという間に蕎麦は消えていくのです。それにしてもよく食べました。
野菜の天麩羅も蕎麦に添えて。
青森から届いたばかりのホタテは当然、お刺身で。
食卓には蕎麦の添えものとして海老の天麩羅、野菜の天麩羅、もってのほかの酢のもの、ホタテのお刺身など。
翌日の朝の食卓は昨日、茹でなかった蕎麦を「かけ蕎麦(温かい)」と「蕎麦がき」で食べましたが、昨日から蕎麦、蕎麦、蕎麦を堪能した「五人百姓の会」でした。今年の新蕎麦が楽しみ。
2011年9月6日火曜日
渡辺豊重
10月の展覧会の打ち合わせのため栃木県那珂川町(旧・馬頭町)の渡辺豊重先生宅へ行ってきました。元々、川崎市に在住されていたのですが、20年前にこの地へ移ったとのこと制作の合い間に畑仕事をしながらという贅沢な生活である。
今年、80歳の渡辺豊重先生は日本の現代美術ではトップである。昨年(2010年)、神奈川県立近代美術館で開催された「鬼と遊ぶー渡辺豊重展」は好評であった。今までの作風から一転して「鬼」をテーマにしたものでした。「鬼」は画家自身のさまざまな感情が凝縮されて生まれた社会への反発のかたち、生命力の激しさのかたち。であると言う。
今回の展覧会はこの「鬼」のイメージを残しながらもっと進化した作品になりそうです。昨年の激しさから少しおだやかな変わり様でもある。
相変わらず作家のアトリエは画材のアクリル絵の具などが散乱。当然、スリッパなしではアトリエに足を踏み入れることは出来ないのである。
丁度、お昼時になり、蕎麦屋へ先生に案内していただく。田圃の中にある1軒。これが蕎麦屋?
この蕎麦屋の前に那珂川の支流になる川が流れており。鮎のやな場があった。
台風による数日の雨が川を濁らせ、鮎をやなに確認することが出来なかったのが残念。
その鮎のやなをそのまま屋号にしてしまったのがこの蕎麦屋である。
この時期は周囲の田圃からの風が爽やかであり、冷たい蕎麦にもぴったり、しかし冬はどうであろうか、この建物ですから、きっと炬燵でも置いて熱い蕎麦を食するのも風情と言うのかもしれませんね。でも寒そうですね。
さて、肝心の蕎麦ですが、この周辺は蕎麦畑が多いそうです。ここから茨城の大子町まで30分足らずで行ける。大子といえばあの伝説の常陸秋蕎麦種で有名な金砂郷地区です。したがってこの周辺は当然、レベルが高いと期待。結果、普通よりレベルが少しましかな。でも天麩羅の野菜、山菜類はこの地で採れたもの、蕎麦を含めて全部、地産地消。この田圃の中の1件の蕎麦屋という景色をプラスすると、また行きたくなる蕎麦屋でもあった。でも一人では行けない、案内人がいなければ絶対に行けない蕎麦屋でしょうか。
登録:
投稿 (Atom)
