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2012年7月14日土曜日

岡田謙三

この2ケ月間、東京の自由が丘にある岡田謙三邸へ資料整理のため、岡田の研究家・北湯口氏と週2回ほど通っている。
岡田謙三(1902~1982)はアメリカのニューヨークを拠点に活躍された国際的な画家でした。また、夫人の岡田きみ氏は2年前に亡くなり、相続された姪の恵子氏より依頼されての資料整理。


油彩作品、素描類、書籍、書簡類、絵の具からパレットなど保存しなければならい資料は多数です。



衣類や日常品など処分品の方が圧倒的に多い中での整理ですから結構、大変な作業となりました。アトリエの整理を優先、和室には岡田夫妻が購入した骨董品などがあり、慎重に整理していたら時間だけが経っていく。


最終的に自宅、アトリエは取り壊しをするため貴重品、家具類、食器類などの仕分け作業もあり、これが延々と続いている。でも最近、ようやく先が見えてきたような感じがする。






2012年6月28日木曜日

孤高の画家・兵藤和夫

孤高の画家・兵藤和夫が6月23日(土)午後3時、老衰のため永眠しました。享年92。

「樹と道」 油彩 20号


横浜山手の丘裏中腹に「シイの樹」がある。この樹に初めて向き合ったのは昭和16年、それから20年毎にこの樹を描いてきた。当時は2本あったのだが、空爆で1本が倒され、戦禍を経た生き残りの情をこの樹に抱いたのが描き続けた動機かもしれない。

「巴里の屋根」油彩 10号


美術ジャーナル誌に寄せた文に「・・・・敗戦直後は、まして若い無所属画家など、生きるには至難な時でした。だが然し、独立展会場から自作をおろし、みずから肩書きを棄て、更に地方名士への道も閉ざすべく地元美術界とも絶ち、自分の作品内容以外、自己を飾るもの皆棄てて、作品のみで勝負する状態に自らを突き遣ることは魅力でした。・・・・・・

「港・フランス山裏から古きヨコハマ風景」油彩 6号


・・・・この状況で生き抜くには、極貧への覚悟と、並の作家の十数倍の努力精進と桁違いの作品を描かねばなりません。私は人と違う、必ず或る物が内奥に在る。遣り抜ける自信と傲岸さがありました。私は至難の道を選ぶことにしたのです。若さとは良いものです。20歳も終わり近くのことです。」 


「葡萄篭」 油彩 20号


仏徒の求道、武士の道にも重なる作画の姿勢は作家精神である。もはやこのような骨太の作品を描く作家は兵藤和夫の後には存在しないであろう。
2001年に横浜文化賞を受賞。






2012年5月10日木曜日

柳原良平 展

今日、5月11日(金)から「柳原良平個展」が横浜のせんたあ画廊で5月19日(土)まで開催する。今年のテーマは「威風堂々輝く船たち」


客船の雄姿たちが油彩画・切絵によって描かれています。


小画廊ではオリジナル・リトグラフも展示


客船から七福神、アンクルキャプテンなど柳原良平さんの多彩な仕事を鑑賞することが出来る。以下、一部ですが展示作品を紹介します。
















2012年2月14日火曜日

福井良之助


せんたあ画廊2月の常設展は「素描にみる福井良之助の舞妓と冬景色」展
福井良之助(1923-1986)は孔版画で活躍、海外でも知られるようになったが、油彩へ転向する。日本画のような繊細な線画が特徴であり、セピアの色彩を好んで多用する。人物、静物、風景と多彩な仕事をしていた。

婦人像の中でも特に舞妓像は特徴的である。今展は本画の下絵とも言える素描を15点展示した。
 
 

風景作品の中で特に冬景色は福井良之助の持つ抒情的な心象が良く現れている。






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2012年1月29日日曜日

サロン・ド・彩

新春の恒例となった「サロン・ド・彩」 展が始まりました。せんたあ画廊のあるビルの9階に「関内アートスクール」があり、そこの生徒の研究会展に合わせてスクールの講師10名の展覧会です。



山羽 斌士

北 久美子


山本 明比古

高岸 まなぶ
大場 再生

畑中 義延

 三澤 寛志

山本 靖久

栗原 比呂路

永井 朋生(金工)

 

せんたあ画廊の隣の「ガレリアセルテ」では生徒の作品が前期・後期に分けて2週間展示されます。
 
今日は初日ということもあり、講師(大場再生、三澤寛志)の好評会となりました。自身の作品の前で質疑応答を交えての好評会でした。この関内アートスクールはレベルの高い教室で、生徒のかなりの数の方が公募展(団体展)などの会員であったり、出品者だったりします。
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