2014年3月27日木曜日
2013年12月31日火曜日
2013年大晦日の自慢話
今日は大晦日、今年一年を振り返ってみますと、一つだけ自慢出来るものがありました。話そうかどうか迷ったのですが、明日からは新年になるのだから自慢してしまえ!というわけです。
それは、私の知人(絵のコレクター)が亡くなられ、遺族の方の依頼により美術品の整理を手伝った際に発見した挿し絵の数々。スクラップのファイルに納められていたのですが、当初、遺族の方は破棄しようとしてましたので私が調べるということでお預かりしました。
1923年、大阪で創刊された大衆小説雑誌「苦楽」、今となっては幻と言われているプラトン社が版元であったが昭和の初めに廃刊となった。
昭和46年、大仏次郎はその誌名を受け継いで東京・京橋で出版社を立ち上げて復刊した。表紙は鏑木清方に毎号描いてもらいカラーで印刷。執筆者も大仏次郎、白井喬二、志賀直哉、丹羽文雄、高浜虚子など質の高い雑誌であった。青少年向け雑誌「天馬」なども併せて刊行したが、3年余りでいろいろな事情により廃刊となってしまった。
下記の挿し絵は東京で復刊した「苦楽」の雑誌のものであり、全部で59点ありました。早速、横浜の「大仏次郎記念館」へ連絡し、遺族より寄贈することが決まりました。
これは今年の6月頃の話で当時、朝日新聞の文化欄に「大仏次郎が復刊した雑誌「苦楽」の挿画の原画、見つかる」という見出しで結構大きく取り上げられ記事になりました。勿論、筆者の名前も発見者ということで紹介されておりました。
その一部ですが挿し絵の作者と図版を紹介いたします。
伊勢正義
宮田重夫
三岸節子
生沢 朗
中西利夫
鈴木信太郎
という自慢話でした。2014年が明るく元気な年になりますように。
2013年12月28日土曜日
箱根彫刻の森美術館
箱根彫刻の森美術館です。まだ雪が残る箱根でしたが、年末の多用な合い間を縫って行ってきました。ポーラ美術館の帰り路に寄ったのですが、25日のクリスマス、意外と若いカップルが多いのに少々戸惑いました。
街中の洒落た空間が向いているように思えたのですが、反して若いカップルは温泉好き(?)か。
後で解ったことなのですが、箱根ガラスの美術館にあるガラスによるツリーのライトアップやあちらこちらで素敵な空間が演出されているということがわかり、納得。
さて、箱根彫刻の森美術館、自然の景観を活かした彫刻120点が展示してます。
私の個人的な印象はもう古臭い作品の数々。時代にあった作品の展示をするべきなのではないか。作品の入れ替えをどのようなサイクルでやっているのであろうかと考えさせられました。
この彫刻の森の目玉の一つのヘンリームーアの作品群
モダンなレジェの立体を配したピカソ館
ピカソ館はきっとこの美術館のもう一つの目玉なのであろうと思えますが、館の外見は今風に見えるが建物の中に入り、展示されている様を見ますと、愕然としました。きっと最初の時からリニュアルがされているのかと疑いたくなる展示です。天下のフジテレビグループにしてはお粗末!も少し本腰を入れた運営を望みたいところです。
箱根の色々な美術館を見ていつも感じることは入館料が高すぎること!多彩で魅力的な美術館が沢山ありますが、2~3館を見ただけで¥5,000.前後になってしまう。観光地だから料金が高いというのはあたりまえという論理は通用しないように思う。もう少し見たいと思っても躊躇してしまうのは勿体ないことだ。各美術館の運営者の皆さん、もう少し工夫をお願いしたいものです。
2013年11月26日火曜日
荘司 貴和子
11月22日に長野県東御市の芸術むら公園内にある「梅野記念絵画館・ふれあい館」へ「荘司貴和子展」を見に行ってきました。
初めて聞く作家の名前、またこの作家は誰?と思われるかと思います。ここで少しこの作家の略歴を説明しますと
荘司貴和子、1979年に39歳で腸癌のため亡くなられた日本画家です。東京芸術大学日本画科を卒業、新制作日本画部(後の創画会)への出品。当時、加山又造さんも高評価をしていたという。1971年に荘司準氏と結婚するが、その荘司準の母が荘司福(日本画家)であった。
荘司貴和子が亡くなった翌年(1980年)に芸大の同級生たちで遺作展が開催されて以来、まったく作品を展覧する機会がなく、荘司準氏の丁寧な作品保存が35年後であっても新鮮な作品としてこのように蘇ったようです。
東御市芸術むら公園内にこの美術館があります。
題名・制作年代不詳
「地蔵堂」1974年
「五輪の塔より」1978年
「作品Ⅱ」1977年
「白いかたち」1978年
「作品Ⅰ」1976年
日本のこころが失われていない、また日本画の素材をまったく感じさせない清涼感溢れる作品の数々を充分に堪能しました。
筆者は荘司貴和子さんが亡くなられた翌年に開催された遺作展の図録を25年前に見てから関心はありましたが、このようなかたち実現すると思わなかった。
このように埋もれた作家の展覧会を企画し開催された「梅野記念絵画館」のスタッフの方々の情熱に改めて感謝!素晴らしかった。
2013年11月12日火曜日
田淵安一と関根伸夫の素描
横浜のせんたあ画廊でユニークな展覧会を開催している。今まで同列に並べられることがなかった作家の素描・水彩が展示されている。
勿論、世代も違うし、活躍されていた舞台も違う二人ですから、当然あり得ない展示なのが興味深い。
田淵安一(1921-2009)1951年にパリに渡る、以降はパリが活躍の場であった。日本では新制作協会に所属。フランス、オランダ、ベルギーなどヨーロッパ各地で展覧会を開催する。日本では神奈川県立近代美術館、北九州市立美術館などで展覧会を開催している。2009年の11月、パリ郊外のアトリエで没する。
田淵安一氏は1983年頃は金箔を使った作品を制作していた時期もあった。
あえて二人の共通点を探すとしたら、この辺かもしれない。関根伸夫氏も平面作品「位相絵画」には金箔を使って制作している。
「田淵安一」
「田淵安一」
「田淵安一」
「田淵安一」
関根伸夫(1942-)1968年から1970年に「もの派」の中心作家として活躍、そのきっかけとなった「位相大地」は当時、衝撃的なデビューでもあった。以後、彫刻家として日本の各地にモニュメントを設置してきた。近年、アメリカで「もの派」がスポットがあたり活躍の場をアメリカに置いている。
「関根伸夫」
「関根伸夫」
「関根伸夫」
「関根伸夫」
関根伸夫 「達磨」 ブロンズ
2013年11月3日日曜日
2013年10月5日土曜日
ホウズキ
これ何だかわかりますか?ドングリではありませんよ。タイトルにも書きましたけど、「ホウズキ」です。
毎月、信州は春日にある「のらくら農園」から無農薬野菜を送ってもらってますが、今月はこの「食用ホウズキ」が入ってました。このホウズキの味は少しエグミがあり、甘酸っぱい味でした。
そのまま食べるには芸がないし、さて、どのようにして食べようかと悩んでおりました。
流石にIT社会ですね、というか偶然にテレビでこの食べ方を紹介しているではありませんか。
とういわけで早速にチョコレートで包みました。これが美味しいんです!ホウズキの甘酸っぱさがチョコレートの甘さとコラボレーションしているではありませんか。
なかなか食用のホウズキを入手するのは難しいかもしれませんが、試す価値、大いにありです。
チョコレートで包みますと可愛いですよね。
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